花の金曜日。いつも通り勤務先の保険組合で割引利用できる古くて汚いジムに行く。
どんなジムかというと、浮浪者のようなオヤジが風呂に入るためだけに来るような、ロッカーに陰毛が数本落ちているような、プールサイドに黄ばんだ痰がこびりついているようなジムだ。そこの古いマシンでほんの少しだけ汗を流し、汚い風呂でシャワーだけ浴びて出る。
そのあとに決まって日高屋に行く。インドかスリランカかイラン系の店員が「イラシャリマセー」と迎えてくれる。週1しか行っていないのに顔を覚えてくれたのか、黙っていても禁煙のカウンター席に案内される。メニューも見ずに中華そばと餃子のセットを注文する。590円。
一風堂がRamen IPPUDOとなってグローバル進出をとげてから足が遠のいたのは、ラーメン屋に風情を求める昭和の人間だからか。その点、日高屋は裏切らない。
日高屋の人気メニューといえば野菜たっぷりタンメンだが、だいぶ前に卒業し、いまは中華そば一択だ。ラーメン屋がもっとも時間をかけて開発するメニューはラーメンであり、それがまずかったら開業しない。スタートでありゴールなのだ。そこにやれネギだ、タマゴだ、チャーシューだと追加でトッピングしていくと本来のバランスは崩れていく。単価を釣り上げるために無理矢理作ったメニューに高い金を出すのはバカらしい。いまやどこの店に行っても素のラーメンしか選ばない。これが中年になってようやくたどり着いた正解だ。
日高屋は客を飽きさせないようにメニューの味を少しずつ変えるという。そのときに真っ先に対象となるのもおそらく中華そばだろう。創業の味の変化はとくにこだわるはずだ。つまり中華そばは最安のラーメンでありながら、最も手間のかけられた最高のメニューと言える。
ここまで熱烈に中華そばについて書いたが、とくに美味くはない。無心で輪ゴムのような麺をすすり、消しゴムのようなチャーシューを頬張る。そのあとに胡椒と酢とラー油をまぜたものに餃子をつけては食べ、つけては食べ、6つ食べ終わると意識が戻る。もはや日高屋での食事はルーチンワークになっている。日高屋のすごさはここにある。
日高屋は主力メニューのラーメンで「こだわりの味」を追求しないのも特徴だ。「客の60%程度がおいしいと思ってくれればそれで良い」と神田氏は言う。「行列のできるラーメン店」のような「そこにしかない味」は通が求める味であって、不特定多数の客が繰り返し食べに来てくれる味ではないからだ。
食べ終わって、つまようじでニラをかきだしながら、Twitterで#グリーを許すな、#coincheckというトレンドワードを検索する。国民の罵声と悲鳴を眺めながら、まったく起伏のない日々に感謝する、とある日のプレミアムフライデー。